クリスが女体化した光流にマロンと名付けたのも、
少女の姿になったのも、新たな自我が芽生えたのも、もちろん偶然ではない。

あらゆる事象には常に必然性が存在し、結果には原因が付きまとう。
それが現実に起きたものであれば、という前提はもちろん忘れてはならないが。

マロンという自我はやがて独り歩きし、光流の代わりに人生という下り坂を進むことになる。
けれども心配はいらない。
彼女の笑みは太陽のように眩い。奈落の底であっても、明るく照らしてみせるだろう。

「えっとね、みつるはマロンのこと……好きだったんだよね」

思い出や願い、夢、生き甲斐や情熱。
そういった大事なものを、血を吸った相手から奪ってしまう。
けれども本当にそうだろうか？
人間──否、命ある者にとって、本当に大事なもの……。
それを知るのは、あまりにも残酷だから。

世界は往々にして真実を隠してしまう。
おそらくこうしている今も、あなたからそれは失われている。
ゆえにクリスの能力が光流を少女にし、マロンが生まれた。
傲慢に振舞うクリスという吸”欠”鬼の予想をも裏切って。

「ふぅん、そうなの。男であること……それが、あなたにとって大事なのね」

自他を切り分けて考えることは容易い。
しかし他と他であればどうだろう。
掃除下手な人は、どれも大切なものに思えて捨てられるものがないのだと口にする。
心優しいカノンは、メイドとして優秀だ。
炊事掃除洗濯、全て完璧にこなす。

吸血鬼として血を吸い、それを主人に分け与えてさえいる。
だが従者という身分から解放された、素の彼女はどうであろう。
その手に持った鋏を、上手く扱うことができるだろうか。

「……もしかして、生まれ変わりたいのですか？」

自身より他者を優先することが多い。
父の教育方針が影響し、常に男らしくあらねばならないという思いが心中を占めている。

そんな性格のせいだろう、マロンの自我が芽生えるなり、彼女に身体の所有権を渡そうと考え始める。

「なんでこんな、ちっちゃい女の子に……！？　クソッ、クソッ、男の俺が……なんでッ！？」